
トヨタが開発したゲームエンジン「Fluorite」とは:Flutter × Dartでコンソール級3Dを実現
自動車メーカーがゲームエンジンを作った。トヨタのFluoriteはFlutter × Dartで動く軽量3Dエンジン。車載ディスプレイからコンソールゲームまで、その野心的な全貌を解説します。
トヨタがゲームエンジンを作った
2026年2月、ベルギーで開催されたオープンソースカンファレンスFOSDEM 2026で、驚きの発表がありました。
トヨタがゲームエンジンを開発した。
Toyota Connected North America(TCNA)が発表した**Fluorite(フルオライト)**は、FlutterとDartに基づくオープンソースの3Dゲームエンジンです。
「自動車メーカーがなぜゲームエンジンを?」と思うかもしれませんが、その背景には次世代の車載システムへの明確なビジョンがあります。
なぜトヨタがゲームエンジンを作ったのか
トヨタの現在の車載システムは2Dの静的なインターフェースに限定されています。しかし次世代のデジタルコクピットには、3Dでのインタラクティブなユーザー体験が求められます。
- 車両状態の3Dビジュアライゼーション
- インタラクティブな取扱説明書
- 環境マッピング
- 自動運転時代の車内エンターテインメント
既存エンジンでは解決できなかった
| エンジン | 問題点 | |----------|--------| | Unity | ライセンス費用が高額、リソース消費が大きい | | Unreal Engine | 組み込み機器には重すぎる | | Godot | 起動時間が長い、リソース効率が低い | | その他軽量エンジン | APIの安定性が不足、産業グレードに達していない |
車載システムには数秒以内の起動と限定的なメモリ・電力での動作が必須です。既存のゲームエンジンはどれもこの要件を満たせませんでした。
Fluoriteの技術構成
Dart + Flutter統合
Fluoriteの最大の特徴は、Flutterと完全に統合された初のコンソールグレードゲームエンジンであることです。
ゲームロジックもUIもDart言語だけで書けます。Flutterの豊富なウィジェットエコシステムをそのまま活用でき、FluoriteViewウィジェットとしてFlutterのUI上に3Dシーンを埋め込むことができます。
// Flutter UIの中に3Dビューを埋め込む
FluoriteView(
scene: myGameScene,
onEntityClick: (entity) {
// 3Dオブジェクトのクリックイベント
print('Clicked: ${entity.name}');
},
)
C++ ECSアーキテクチャ
エンジンのコアは**C++で実装されたEntity-Component-System(ECS)**アーキテクチャです。
ECSはデータ指向設計のパラダイムで、以下のメリットがあります。
- メモリ効率:コンポーネントがメモリ上に連続配置される
- 並列処理:システムごとに独立して並列実行可能
- 低スペック対応:組み込み機器でも高パフォーマンス
UnityのDOTS(Data-Oriented Technology Stack)やBevy(Rust製ECSゲームエンジン)と同じ設計思想です。
Google Filamentレンダラー
グラフィックスにはGoogleのFilamentを採用。Vulkan、OpenGL ES、MetalなどのモダングラフィックスAPIに対応し、**物理ベースレンダリング(PBR)**を実現します。
- 物理ベースのライティング
- ポストプロセッシング
- カスタムシェーダー
- コンソール級(PlayStation/Xbox相当)の描画品質
ホットリロード
Flutter開発者にはお馴染みのHot Reloadが3D開発でも使えます。
コードを修正すると数フレーム以内にシーンに反映。アプリの再起動は不要です。3Dシーンのパラメータ調整、マテリアル変更、ライティング設定をリアルタイムで確認できます。
これはUnityやUnrealでは実現できていない開発体験です。
Blender連携
3DアーティストはBlender上で**タッチトリガーゾーン(クリック可能領域)**を直接定義できます。
Blenderで3Dモデルを作成
↓
特定のメッシュに「クリック可能ゾーン」を設定
↓
Fluoriteがイベントとして認識
↓
Dart側でonClickイベントをハンドリング
例えば、車のダッシュボードの3Dモデルで「エアコンボタン」をBlenderで定義すれば、Flutter側でタップイベントとして受け取れます。ゲーム開発でも、3Dオブジェクトのインタラクション設計が直感的になります。
対応プラットフォーム
| プラットフォーム | 状況 | |-----------------|------| | 組み込みLinux(Yocto) | 対応済み(車載) | | Android | 対応予定 | | iOS | 対応予定 | | Windows | 対応予定 | | macOS | 対応予定 | | ゲームコンソール | 対応予定 |
Flutterのクロスプラットフォーム性を活かし、1つのコードベースで複数プラットフォームに展開できる設計です。
車載での活用
2026年型RAV4への搭載
Fluoriteは既に2026年型トヨタRAV4の車載システムに搭載準備が進んでいます。
Yocto ProjectベースのAutomotive Grade Linux(AGL)上でFlutterを動作させ、トヨタ独自のArene SDKと連携。OTA(無線アップデート)による継続的なUX改善が可能です。
次世代デジタルコクピットの構想
- インタラクティブ3Dダッシュボード:車両状態をリアルタイム3Dで表示
- 3D取扱説明書:部品をタップすると説明が表示される
- 環境マッピング:周囲の3Dマップをリアルタイム描画
- 車内ゲーミング:自動運転中のエンターテインメント
- デジタルツイン:車両の仮想モデルで状態を可視化
ゲーム開発者にとっての意味
Flutter/Dart開発者への新しい選択肢
これまでFlutter/Dart開発者がゲームを作るには、Flame(2Dゲームエンジン)くらいしか選択肢がありませんでした。3Dゲームを作るにはUnityやUnreal、Godotに移行する必要がありました。
FluoriteはDart言語のまま3Dゲーム開発ができる初めての本格的なエンジンです。
競合との比較
| 項目 | Fluorite | Unity | Unreal | Godot | |------|----------|-------|--------|-------| | 言語 | Dart | C# | C++ / Blueprint | GDScript / C# | | ライセンス | オープンソース | 有料(条件付き無料) | ロイヤリティ制 | MIT | | 起動速度 | 数秒 | 中程度 | 遅い | やや遅い | | 組み込み対応 | ネイティブ対応 | 限定的 | 非対応 | 限定的 | | UI統合 | Flutter完全統合 | 独自UI | 独自UI | 独自UI | | Hot Reload | 対応(数フレーム) | 限定的 | 非対応 | 部分対応 | | エコシステム | 発展途上 | 巨大 | 巨大 | 成長中 |
現時点での制約
Fluoriteはまだ初期段階です。
- ソースコード未公開:「Coming Soon」の状態
- 物理演算:Jolt Physicsの統合が予定だが未実装
- エコシステム:アセットストア、プラグイン等が未整備
- ドキュメント:公式サイトに概要のみ
- コミュニティ:まだ形成されていない
UnityやUnrealの代替として今すぐ使えるわけではありません。
戦略的な背景
Unityのライセンス問題
2023年のUnityランタイム課金問題以降、ゲーム業界ではエンジンの選択肢を求める声が高まっています。Godotが急成長したのもその流れです。
Fluoriteのオープンソース化は、この文脈でも注目されます。特にUnityが中国市場で85%のシェアを持つ中、トヨタはそこに依存しない独自路線を選びました。
自動運転時代への布石
Fluoriteは単なるナビゲーション画面の改善ではありません。自動運転が実現した未来では、車は**「動くリビングルーム」**になります。
その中での没入感のあるエンターテインメント、情報表示、インタラクションを支えるのがFluoriteの役割です。
今後の注目ポイント
- ソースコード公開時期:いつGitHubに公開されるか
- ゲーム開発者向けツール:CLI/GUIツール、Dart APIの整備
- コミュニティ形成:Flutter/Dartコミュニティとの連携
- 実際のゲーム作例:車載以外のゲームでどこまで通用するか
- 物理演算の統合:Jolt Physics対応後の表現力
- コンソール対応:PlayStation/Xbox/Switch向け出力
まとめ
Fluoriteは、自動車メーカーが本気で作ったゲームエンジンです。
- Flutter × DartでゲームロジックとUIを統一的に開発
- C++ ECSアーキテクチャで組み込み機器でも高パフォーマンス
- Google Filamentによるコンソール級3Dレンダリング
- Hot Reloadでリアルタイム開発
- Blender連携で3Dアーティストとの協業を効率化
- オープンソースで公開予定
- 2026年型RAV4に搭載準備中
「車のUIを作るために生まれたエンジンが、ゲーム開発者にも開放される」という異色の展開。Flutter/Dart開発者にとっては、3Dゲーム開発の新しい選択肢になる可能性があります。
ソースコードの公開を待ちましょう。

